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ラバーダムはなぜ日本で普及しないのか?

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自分は良い歯科治療を受けているのか? それを患者さん自身が判断する材料の一つに、根管治療やコンポジットレジン修復*)の時にラバーダムを使っているかどうかがあることを以前に書きました。下の記事がそれです。

その後ラバーダムについていろいろ訊かれたのですが、ではなぜ日本だけラバーダムが普及しないのかという話になりました。あんなにメリットが大きいのに…

結論は、このままでは日本でラバーダムが普及することはないだろう、すなわち良い治療を受けることは難しい…となりました。なぜそんなことを言うのか、ラバーダムの実例写真と共に考えます。

*)ラバーダムは根管治療では必須ですが、コンポジットレジン修復では使えない場合もあります

そもそもラバーダムとは

その前に、そもそもラバーダムとは何かについての復習。下のビデオのようなことをして、治療対象となる歯だけをラバーダムシート(ゴムシート)の上に露出させる事です。


ラバーダムシートには、露出する歯の本数分の小さな穴が空いています。シートを歯と歯の間に入れるためにフロスで押すので、ちょっと力を入れてグリグリします。

そしてシートは引っ張っても外れないように、クランプという器具で歯を挟みます。下の写真がそれです。

ラバーダムシートの周囲にフレームをとりつけて完成。歯がよく見えるようになりました。

ラバーダムのメリットは安心と安全

以上のように多少の手間はかかりますが、このようにシートを張ると具体的に何が良いのか、です。

唾液・出血で歯が汚染されるのを防ぐ

下の写真は、右上の奥歯(第二大臼歯)にこれからコンポジットレジンを充填しようという所です。ここで重要なのは、歯と歯の間にラバーダムシートが食い込んでおり、歯肉は見えないこと。

これにより治療中に歯が唾液や出血に汚染されないように防護できるわけです。ですから正しくは「ラバーダム防湿法」と言います。

違う症例の写真になりますが、コンポジットレジンを充填するには、さらに歯と歯の間に「隔壁」という型枠をハメ込まなくてはなりません。

拡大するとこんなです。透明の隔壁を使っているのでわかりにくいのですが、識別のために端っこが青く塗られているのがそれです。

ラバーダムがない状態で隔壁を設置しようとうすると、まず間違いなく歯肉側から出血や唾液などが漏れてきて、コンポジットレジンの接着剤が乗りません。これは顕微鏡で観ないとわかりません。

ですからコンポジットレジン治療の成否の第一歩は、ラバーダムを確実に装着できるかで決まります。

また小児の治療ではラバーダムはたいへん重宝します。小児はじっとしてられないだけでなく唾液量が多く、治療の妨げになってしまうからです。

虫歯の位置や形でどしてもラバーダムが入らないケースもあるのですが、その時はレーザーで歯肉を処理しながら進める必要があります。これについてはまた項を改めます。

唇を拡げる事で視界が確保できる

ラバーダムシートをひっぱってフレームをつければ、唇全体を拡げることができるので、視界が開け治療が格段にやりやすくなります

上の奥歯はこんな感じに。ラバーダムがなければ唇を引っ張り続けていても、ここまで見えません。

下の奥歯ではこんな感な感じに。これから根管治療をしようという状況ですが、奥歯に行くほど見えなくなりますので、ちゃんと顕微鏡で観て良い治療をしようとすれば、ラバーダムはなくてはなりません。

前歯なら不要というわけではなく、唇が拡がったままになっていることは、たいへんありがたいのです。

上の写真は前歯を裏から観ているところ、ラバーダムがなく唇が被っていれば、こういう風には見えません。

治療器具・薬剤の誤飲防止

歯科は小さな器具を口の中に入れますので、器具を口の中に落っことした時、タイミングが悪いとその器具を患者さんが飲み込んでしまう事があります。

落っことす可能性が最も高いのが、根管治療の器具。そうなると、レントゲンで排泄をちゃんと追っていかなくてはなりません。これは患者さんも歯科医師もお互い大変です。

もちろんラバーダムをしていれば、このようなことは絶対におきません。

それから治療中にはいろいろ薬剤を使いますが、これが流れ出ても、喉に入ることはありません。

器具の汚染防止

これは特に根管治療の時なのですが、治療器具は長さが3cm近くあるので、口の中に挿入する時に器具の先端がどこかに触れてしまう事が頻発します。そしてそこにプラーク(細菌)があれば、治療中に知らないうちにプラークを根管に詰め込んでいることになります。きれいにしているつもりなのに…

実はこれこそ日本の根管治療の成績が芳しくない原因の筆頭ではないかと思っています。日本国外でラバーダムを使用しない根管治療がまったく信用されないのは、こういう理由もあるのでしょう。

上のビデオは右上の奥歯(第二大臼歯)の根管治療中のものです。唇が拡げられ歯がよく見える状態になっている(ここでは鏡に映してます)ので、器具はスムーズに挿入できます。ビデオの2秒目で出てくるのがそれです。あまりにサッとやってるので、難しいように見えませんが、それはラバーダムがあってこそなのです。

もちろん治療する歯以外はラバーダムでカバーされていますので、たとえ器具の先端がどこかに触れてもプラークが着くことはありません。

ラバーダムをしない根管治療は、かえって感染を拡大させている可能性が非常に高くなります。しかしこれも顕微鏡を使わないと気づかない事だと思います。

削りカスの誤飲防止

治療では口のなかでいろいろ削りますので、削りカスがたくさん出ます。

有害なものは少ないのでそのまま削ることが多いのですが、金属は何が使われているか判らない事もあるので、念のためラバーダムをした方が良いでしょう。上の写真は、ラバーダムを装着しながら金属を撤去したあと、ラバーダム上に残った金属の削りカスです。

注意しなくてはならないのは、アマルガムの除去です。アマルガムは水銀が含まれていますので、削りカス誤飲だけでなく鼻から吸引して体内に入ると、不調を訴える方がおります。水銀は代謝にブレーキをかけ、エネルギー産生を落としてしまうからです。アマルガムを除去するときはラバーダムだけでなく、大型の吸引装置が必要で、防護服を着ての治療となります。

アマルガムについては以下をご参照ください。

ラバーダムが嫌われる理由

ラバーダムを使わないことには、良い治療は成立しないことがお分かりいただけましたでしょうか。

にも関わらず、なぜ日本ではラバーダムが普及しないのでしょう。いろいろな言い訳がありますが…

面倒・時間がない

まぁ確かに面倒と言えば面倒です。歯が一本だけならともかく、上の写真のように8本露出となると、熟練が必要です。

患者さんに嫌がれる

ビデオでお見せしたようにフロスでグリグリ押しますので、嫌がる患者さんもいるかもしれません。

クランプが歯肉に喰い込んで、痛みが出る場合もあります。

何も知らない患者さんの中には、そんなものしないで早く治療をしてほしいと思う人がいるかもしれません。

また、そんなことをしなくても治療できるのが医療技術でありサービスだと思い違いしている先生もいることでしょう。

かえってじゃま

上の写真は左下の奥歯の治療中のもの、器具が4つも入ります。ラバーダムが張ってあるので奥行きはなくなり、器具を置く場所が限られます。

しかし工夫しだいでなんとでもなるのですが、嫌がる先生もおられることでしょう。

ラバーダムがつけられない歯もあるんだから

ラバーダムは、クランプの爪が歯の頸に嵌ることで固定されます。しかし首がない、三角錐状の歯には固定できないと思っている方が多いようです。それをラバーダムをしない理由にしてしまうのですが、しかし機材を選べば上の写真のように頸がなくてもちゃんと留まります。

もう一つ、歯の頭が完全になくなってしまった歯にはクランプはかからないという言い訳。いやいや、それはコンポジットレジンで作ればいいんです。これを隔壁の築成といい、根管治療の対象になる歯のほとんどは、まずここから始めなくてはなりません。

しかし上のビデオのように、隔壁の築成はたいへんな手間がかかります。健康保険では、このような状態は想定されていないのでしょう。

採算が合わない

一番問題なのは、ラバーダムをしてもしなくても、保険の点数が変わらないことです。ラバーダムに関わる点数は包括化と言って、根管治療やコンポジットレジン修復の点数の中にすでに含まれていると説明されています。

実は20年ほど前は、ラバーダムには独立した点数がありました。保健で1点は10円を表すのですが、いったい何点だと思いますか?結構手間がかかり、そのままポンと装着できない場合がほとんど、消耗品もでる医療行為です。

50点でしょうか、いやいや200点くらいは…?

答えは10点、すなわちたったの100円だったのです。100円でいったい何ができるのでしょう。ならばやらない方が良いという判断は、しかたがありません。

それが今では包括化といわれ、ラバーダム自体の評価はうやむやになっています。下に書きますが、根管治療の点数はあまりに低すぎるので、さらに必要性に関心を持つ人が少なくなっているのでしょう。

ちなみにクランプも長年使っていると、この写真のように割れます。立派な消耗品です。

 

無くてもできる

たしかにラバーダムがなくても治療は、できるにはできます。レベルは低いですが。国際的にいかがなものか。それに気づくか、気づかないかです。

気づかない場合は、治療ではなく、破壊になっている可能性が高くなります。結果が判るのは何年も後、それを許容するしかありません。

とにかく低いラバーダム装着率

根管治療を専門に扱う日本歯内療法学会の会誌によれば、ラバーダム装着率は一般歯科医師5.4%、日本歯内療法学会々員でさえ25.4%だったそうです1,2)。2003年の報告とかなり古い数字ですが、その頃に比べて医療環境が良くなっているとは思えないことを勘案すると、実態は今もほとんど変わっていないでしょう。

また比較的新しい報告で日本顕微鏡歯科学会の調査では、ラバーダムを「全ての症例で行う」は57%,「症例によって行う」を含めると93%になると報告しています。やはり顕微鏡で細部を見ている先生は、大きな赤字を出してでもラバーダムはやらざるをえないという気持ちが強いのかもしれません。もちろん赤字分をどこかで黒字になるように補填しなければ経営はできません。

それにしても大学病院であっても、いまだにラバーダムも顕微鏡も使わずに治療しているところがある事は大きな問題です。

日本の歯科医療のコストは諸外国に比べ極端に低いことが知られていますが1)、特に根管治療に関わるコストは推計でアメリカとは10~16倍、韓国やシンガポールとは6-8倍の価格差があると思われます。この低予算でまともな治療ができるとは、誰も思いません。

日本の歯内療法の再治療率が著しく高いのはそのためであり、歯内療法を自由診療で行う歯科医院が増えているのはそのためです。ただしこれは保険医療機関では混合診療に抵触する可能性が高く、法的にグレーゾーンです。

歯内療法の努力をせず、すぐにインプラントを勧める歯科医院が増えたのは、歯内療法が極端な不採算部門だからでしょう。

1) 須田英明:わが国における歯内療法の現状と課題 日歯内療誌 32:1-10 2011.
2)吉川剛正,佐々木るみ子ほか:根管処置におけるラバーダム使用の現状 日歯内療誌24:83-86,2003. 

日本人は良い治療を知らされていない

ラバーダムをしない歯科医師は、不勉強で不真面目なのでしょうか?もちろん違います。答えはやはり手間やコストのインセンティブがないこと、そしてラバーダムなどなくても治療できると誤った情報を擦り込まれてきたからです。

歯科医師は良い治療をしたくてもさせてもらえない、それがいつのまにか当たり前になり、改革もできずに諦められているのが現状なのです。以下もぜひご参照ください。

したがって、このままでは日本でラバーダムが普及することはない、すなわち良い治療を受けることは難しい… 私が保険医療機関を辞退し、自由診療専門になったのもそのためです。

こういう事を書くと「みんな健康保険の範囲内で精一杯努力しているのに、不謹慎だ」と言う人が出てきます。気持ちは充分解ります。しかしそれで良い結果が得られたのでしょうか。そしてあなたが根管治療を受ける立場になったら「この程度」でよろしいのでしょうか。

日本人は良い歯科治療とはどのようなものかを知らされていません。高度な医療技術の保険導入も良いですが、それ以前にすべての患者さんに恩恵がある基本的な治療技術が正当に評価されるべきだと思うのですが。もしそうなった日には、私はまた保険治療を再開することでしょう。

以上をもって、あなたが良い歯科治療を受けるきっかけとなれば幸いです。

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